資本主義の精神

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けだるく

「資本主義の精神」マックス・ウェーバー プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神p493 日経BP社 

 職業の遂行がもはや文化の最高の価値と結び付けて考えることができなくなっても、そしてそれが、個人にとって経済的な強制としてしか感じられなくなっても、今日では誰もその意味を解釈する試みすら放棄している。営利活動から、禁欲的な意味も倫理的な意味も奪われて、今では性交渉の情熱と結びつく傾向がある。ときにはスポーツの性格をおびていることも稀ではないのである。

 将来、この鋼鉄の檻(おり)に住むのは誰なのか知る人はいない。そしてこの巨大な発展が終わるときには、全く新しい預言者たちが登場するのか、それとも、昔ながらの思想と理想が力強く復活するのか知る人もいない。あるいはそのどちらでもなく、不自然極まりない尊大さで飾った機械化された化石のようなものになってしまうんだろうか。「精神のない専門家、魂のない享楽的な人間。この無に等しい人は、自分が人間性のかつてない最高の段階に到達したのだと、自惚れるだろう」。Max Weber【Die protestantische Ethik und der Geist des Kapitalismus】(1920)

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